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快適な暮らしと町並みに配慮した再生

立地と建物の特徴

 H様邸は筑波山の麓に位置するつくば市小田という集落内にあります。この地は、国の指定史跡小田城址にあり、その歴史は戦国時代に遡ります。現在も古いお寺や民家、土蔵など、かつての城下町の面影を今に伝えます。N様(H邸は奥様の実家)との出会いは、私が近くの集落で古民家再生したことをきっかけに、お問い合わせを頂いたことから始まりました。
 当時N様夫妻は、赴任先のロンドンから帰国され、東京のマンションで生活をされていました。そして定年後は奥様の実家(つくば)に戻り母屋を再生して、終の棲家とする計画をされていました。
 現地に伺うと、バス通りから一本中に入り、城下町特有の狭くてクランクの多い路地の角地にありました。間口が狭く奥に長い敷地には、手前から門、納屋、母屋、離れ住宅、土蔵がほぼ直線上に平行に建っており、母屋は昭和5年築、土蔵は明治11年築、門は確かではないですが江戸後期頃に遡るとのことでした。主屋である母屋は(間口6.5間×奥行き4.5間)一部二階建てで、この地方に多い瓦葺きの寄棟造り(一部下屋部は切妻)、小屋組は和小屋、間取りは整形4間型で土間を挟んだ妻側に下屋空間が設けられていました。

再生後 配置図

東日本大震災の発生

 再生のご相談を受け、数回の調査とヒアリングをさせて頂いていた最中の2011年3月11日に東日本大震災が発生し、震度6弱の大きな揺れに見舞われました。すぐに駆けつけると納屋は大きく傾き、土蔵は屋根瓦が落ち、壁の漆喰が崩落するなど甚大な被害を受けていましたが、幸いにも母屋と離れ住宅には大きな被害は見受けられませんでした。
 その後、再調査と打ち合わせを重ねた結果、被災の少なかった母屋と離れ並びに、半壊はしたものの構造がしっかりしていた土蔵は再生することを決定し、納屋は道路側に倒壊する危険性があると判断し解体することになりました。

再生前の主屋(手前は納屋の跡地)

再生前の土蔵

建築当時の姿になった和室、南側の欄間(写真左)は今回の工事で新設

アンティーク家具とも調和した室内

調査結果から見えてきたこと

 母屋は20年以上使用されずにいたこともあり、所々に経年劣化が見受けられましたが、1間ごとに組まれた上下2段の大梁、四方に廻された差し鴨居など堅牢な軸組構造に加えて、お母様が毎日室内を換気されていた事や、定期的に屋根をメンテナンスされていた事により、雨漏りや腐朽、蟻害は極一部しか見られませんでした。
 バラシ工事を行なう中で、柱と梁・差し鴨居などの仕口や継ぎ手が、現代の仕事では見ることがないほど巧妙で、且つ地場産木材の松、杉、欅等が吟味された良材であることは、担当した棟梁が感心するほどでした。瓦もかつて近くで製造されていた瓦であることが、刻印から判明し、葺き方も当時としては珍しい引っ掛け桟式なじみ工法*であることも分かりました。また、妻側の下屋空間の材木及び瓦材が母屋に比べかなり古い物であることが分かり、建て替えの際に壊した古屋の一部を再利用したものと推測しました。
 一方で土台は傷み、南西の角や建物中央部などは、かなりの不動沈下が見られ、壁に隙間があき、建具が開かない等、床や壁の水平垂直が保たれないなどの箇所も随所に見受けられました。

左側の離れから主屋へのスムーズな移動のためにデッキテラスを新設

ばらした構造材の仕口、継ぎ手。現代の仕事では見ることがないほどの巧妙さ

補修が必要な土台(再生前)

*引っ掛け桟式なじみ土工法…杉皮下地に瓦桟を取り付け、瓦のねじれや変形している箇所に土をなじませて補正する工法。昭和初期頃から30 年代頃まで行われていた。

再生にあたり施主のご要望

 再生にあたってのヒアリングを通して、お施主様の要望をまとめました。
1.外観や内部に見られる柱や差し鴨居など、特徴的な意匠や構造をできるだけ残すこと。
2.明るく、風通しの良い室内環境を整えること。
3.機能的で快適な暮らしができる間取り及び、インフラの環境を整えること。
4.構造的な補強を行うほか、高齢のお母様のためにバリアフリーとすること。
5.お手持ちのアンティーク家具がなじむように部屋をコーディネートすること。

残すものと変えるもの

 間取りを考える中で、この家の象徴である土間、座敷、奥座敷の続き間の空間は創建当時の姿へ戻すこととなりました。とりわけ土間については議論を重ねましたが、民家の特徴でもあり、今後もコミュニティーの場として、ご近所の方々にたち寄って頂ける場としたいとの結論となりました。北側のスペースは中廊下を設け、浴室及び洗面を中央にダイニング、キッチンの家事動線を直線上にまとめ、機能的な間取りへと変化させました。中廊下には通風、採光を確保するために、無双窓や吹抜け空間を設けるなど、明るく風通しの良い環境を整えました。

甚大な被害を受けた土蔵もよみがえった

太い梁を間近に見ることができる隠れ家のような小屋裏

広々とした三和土の土間がコミュニティーの場に

それぞれの居場所

 お母様の趣味は野菜作りと漬物づくり、今までは納屋を作業場としていましたが、再生後は台所だった部屋を漬物部屋としました。畑から直接出入りができ、土の付いた野菜も床に置けるよう土間とし、野菜を洗う業務用の流し台も設けました。かつての浴室は、奥様が物書きする書斎となり、窓からは庭が見渡せる明るく風通しの良い空間となりました。
 ご主人の趣味の部屋は、小屋裏空間を利用しました。まるで隠れ家のようでもあり、PCの環境を整え、トイレや洗面室も設けるなど快適なプライベート空間となりました。
 いずれの部屋もチョウナ削りの太い梁が見え、民家ならではの時代を超えた美しさを放っています。
 ご夫妻が購入された英国製のアンティーク家具である椅子とテーブルはダイニングへ、ソファーは8畳の座敷へと配置され、和と洋が大正ロマンのような雰囲気に融合しました。
 設計にあたり、古民家の魅力を感じつつ、家族3人が思い思いにすごせる居場所づくりも大切なテーマと考えました。家族とお喋りしたり食事をしたりする、ゆったりとしたパブリック空間と、狭いながらもプライベートな時間を楽しめる二つの領域を持つことで、心地よい生活のリズム感と、生活動線が自然に家全体へと広がるよう意図しました。

畑から直接出入りできる漬物部屋

小屋裏を利用した書斎

キッチンからダイニング・玄関土間を見る。中央は小屋裏へ上る階段。建具や階段も丁寧に再生

構造補強とバリアフリー

 不動沈下を抑えることや耐震性を高める為に、壁や床をばらした状態で、建物全体を一度リフトアップしベタ基礎を設けました。栗の土台は全て交換し、調査にて腐朽や欠損など不具合が見られた部位等を交換及び補強し、新たに耐震壁を設けるなど耐震性を大きく向上させました。また、床高が高い為に入口部分にはステップ及び手すりを設けました。その際に気をつけた事は、機能性だけでなく民家の雰囲気にあった素材とデザインを施すことでした。室内の床はバリアフリーとし、扉につては引き戸を多用し大きめな取っ手を設けるなど、高齢者でも自立した生活がおくれるよう細部の金物まで吟味しました。

特徴的な意匠を継承

 外観はその特徴である簓子下見板張り*と漆喰塗りについてディテールまで踏襲しました。また一部外壁には幾分かモダンなデザインも取り入れました。
 室内も出来るだけ古材を再利用することを心がけ、敷居や鴨居、書院、床の間、上がり框、式台、階段などは大工さんの手で慎重にばらしていき、幾度か塗り替えられた壁は建築当時の漆喰に戻しました。ばらした古材は丁寧に汚れを落とした後に、再加工して忠実に元に戻しました。

町並みの連続性

 角地に面する納屋跡地については、町並みとの繋がりを重視し、駐車スペース兼コモンスペースへと計画しました。路盤は地元の土を使った舗装とすることで、アスファルト舗装に比べ真夏でも表面温度を抑え石油系の臭いや照り返しもありません。塀や柵は最小限にしたことで路地に光を導き、風が通り抜けるようになりました。また、狭い路地を車がすれ違う際の待避所や回転スペース、また緊急車両の出入りが可能になるなど、交通、防犯、防災の面からも近隣に有効なスペースとなりました。

民家再生の意義と課題

 古民家を次の世代へと繋ぐことは、歴史ある町並みを繋ぐこととなり、これからの豊かな地域づくりにとても大切なことだと深く認識いたしました。これからも1棟でも多くの民家再生に取り組んで行きたいと思います。併せて、今回施工を担当して頂いた棟梁はじめ瓦屋さん、左官屋さん、建具屋さん、その他多くの職人が非常に高い技術で支えてくれました。改めて日本の伝統技術の素晴らしさを再認識したと同時に、後継者育成が急務になりつつあることを感じた現場でもありました。

壁を外しジャッキアップをして基礎工事を行う

リフトアップしている状態で新設した土台

土台は全て新設し、腐朽した柱や桁は部分的に新材に入れ替えた

階段、建具なども汚れを落とし再使用

劣化した雨押さえの取り替え

*簓子(ささらこ)下見板張り:下見板(杉板を上部を重ねながら横張りする羽重張り)の上に、裏側を下見板の重ねに合せて刻みをつけた押し縁を取り付ける工法。

古民家再生コラム
写真 快適な暮らしと町並みに配慮した再生

歴史ある街並みの連続性を持つことが、その土地特有の美しい情景を残すことに繋がります。個人のライフスタイルを満足させること、誰もが美しいと思える伝統ある風景を創ることの両立が、より魅力的な民家再生つながるとともに、次世代へ継承するポイントになると思います。

写真 「茨城の古民家再生展」終了し、思うこと

東日本大震災を乗り越えて建つ、大切な地域の資源である古民家を、次世代へと住み繋いで行くことの重要性やその意義を、これまでの事例を基に多くの方々に知っていただき、古民家を1軒でも多く残したい、茨城の美し原風景を残したいという思いから展覧会を行いました。

写真 「茨城の古民家再生展」終了し、思うこと

古民家を次の世代へと繋ぐことは、歴史ある町並みを繋ぐこととなり、これからの豊かな地域づくりにとても大切なことです。古民家の魅力を感じつつ、家族3人が思い思いにすごせる居場所づくりを大切なテーマに再生を行いました。