吉田 じつは私、子どもの頃は保育園に行くのが嫌いだったんです。でもそういう子って、きっと少なくないですよね。そこで、今日は登園したくなる園舎についてお話しできればと思います。
関沢 大人に管理されるような環境だと、嫌になってしまう子もいますよね。「野草舎森の家」は、教育を押しつけるのではなく、子どもの意志を育むことを大切にしていて、設計上でもその点をご相談させていただきました。とくに、自然素材は大事だと考えていましたね。
吉田 はい、人が触れる部分にすべて本物の木を用いる、ぬくもりのある園舎を設計させていただきました。先生は、自然を感じる園舎にはどのような魅力があると思いますか。
関沢 子どもが何かを感じる「体験」ができることだと思います。大人が教えこまなくても、子どもは体験を通じて生きる力を身につけます。冷たいコンクリートやプラスチックとは違う、木や土のあたたかさに触れることは、幼児期にこそ大切だと思うんです。
吉田 それに、木は人間に一番近い素材だから、居心地も良いですしね。たとえば、同じ空間にある木の床もビニールの床も表面温度は同じですが、木は人の体温を奪いません。ビニールだと、寝転んでも冷たくてすぐに起きてしまいますから。
関沢 そうですね。また、子どもに無理やり絵を描かせるより、自然の美しいものをたくさん見るほうが、情緒を育てることにつながると思っているんです。それで、外に出て遊びたくなるような園舎にしたいとご相談しました。日中電気を使わなくても過ごせるように、日差しがたっぷり入ることを優先したので、どうしてもガラスが多くなってしまいましたが。
吉田 保育園でここまでガラスを用いるのは割と少ないと思いますね。また先生の方針を伺って、子ども一人当たりの面積も余裕を持って設計させていただきました。
関沢 はい、解放感とゆとりのおかげなのか、子どもたちのストレスも少ない気がします。これまでにガラスは一枚も割れていないし、ケガをする子も少ないんですよ。
関沢 他にお願いしたのは、穏やかな交流ができること。わざわざホールに集まらないと交流できないというのではなく、自然と人が行き交うような場にできたらと。
吉田 はい、そこで提案させていただいたのが、カーブを描く園舎の形状でした。自然光を取り込もうとすると横長になるのですが、ただ横に広げるとお互いの顔が見えない。そのため半円のようにして、どこにいても人の存在を感じられるようにしました。また、通路をガラス戸で仕切ることで、そのまま部屋として使える設計に。移動するには必ずそれぞれの部屋を通るので、そのたびに会話が生まれるようにしました。
関沢 ふつう子どもは同じ年齢の子と過ごすことが多いですが、この園舎では自然と年齢が違う子ども同士で交流があるんです。そうすると、自分より年下の子が困っていたら手を引いてあげるなど、その子の秘められたやさしさが出てくるんですね。逆に、年上の子が上手に靴を履いているのを見て、自分もああなるんだって頑張る年下の子もいるんですよ。
吉田 お互いに良い刺激になっているんですね。他にも何か変化はありましたか。
関沢 うちの園には、全員に同じ出し物を練習させるお遊戯会などはなくて、代わりに一人ひとりが何でも好きなことを披露できる発表会を開いています。イワシの背開き、編みもの、捕まえた虫を見せてもいいんです。なかには「木のぼりします」って、舞台から園庭の木へ走って行き、登って見せてくれた子もいました。こういうことができるのも、開かれた園舎だからこそ。より一人ひとりの個性を大切にできていると感じています。
吉田 園舎は子どもだけでなく、先生や保護者など大人も多く訪れる場所です。大人にとっての居心地の良さも大事だと思うのですが、先生はどうお考えですか。
関沢 そういう意味では、うちは大人にもやさしい園舎だと思います。とくに、地域の方から受け入れていただいていると感じています。じつは、地域のコミュニティの場として、園舎で子育て支援のカフェを開いているんです。お母さんたちにお茶を出して、子どもから離れてホッとできる時間を提供しているのですが、木のいい香りに包まれるとリラックスしていただけるみたいです。「子どもを通わせたい」という方も多くいらっしゃいます。
吉田 もともと園舎の周りは空き地だったのに、民家もずいぶん増えましたよね。
関沢 そうなんです。「近所にこんな保育園ができた」と、写真を撮って知り合いにハガキを出してくださった近隣の方もいらっしゃったようです(笑)。
吉田 あと、自然素材の園舎は、先生たちにも良い効果があると思っています。とくに乳幼児を預かる先生たちは、一瞬も子どもから目を離せません。神経を使う仕事だからこそ、精神的な疲労も相当なもの。その点、自然素材に囲まれる職場は、ストレスの軽減にもつながります。先生たちが穏やかな気持ちでいられることは、保育の質にも直結しますからね。
吉田 園舎づくりでは、設計者との相性も重要だと思います。先生は設計を依頼する際、何が決め手になりましたか。
関沢 よく話を聞いてくれることでしょうか。といっても、決してただ言う通りにしてくれるというのではなく、私が何を実現したいかを理解して適切な提案をしてくれることが大事なのかなと思います。たとえば、この園舎は玄関がすごくお気に入りなんです。とくに要望を出したわけではないんですが、まるで家の玄関みたいなんですよね。
吉田 入口は、園舎でも一番低く設計しています。打ち合わせで「子どもたちにとって家のような場にしたい」という想いを伺っていたので、建物に対してあえてコンパクトな普通の家の玄関をイメージして設計しました。靴箱がずらりとならんだいわゆる昇降口は、人によっては威圧的に感じられることもあるので。ただ、見学に来た方から「裏口ですか」と勘違いされることも多いのですが(笑)。
関沢 それがいいんです。訪れる人をやさしく迎え入れてくれている感じが、登園したくなる理由にもつながる気がします。こうした配慮も、私たちの考えをよく理解してくださっているからできたことだと思います。
吉田 設計者としても、やはり保育のビジョンに共感できるかどうかは大切だと思います。園に強いポリシーがある場合はなおさら、まずはじっくり話をしてみることが肝心ではないでしょうか。最後に、今後「野草舎森の家」で実現していきたいことはありますか。
関沢 今も地域の方向けの取り組みを行なっていますが、もう少しおじいちゃんおばあちゃんなど、年配の方も遊びに来ていただけるような施策もできたらと思っています。
吉田 より幅広い世代の方が集まれたら素敵ですね。この園舎が、多くの人の交流を生むきっかけになることを願っています。本日は本当にありがとうございました。
Concept
自然とともに育つ保育園づくりを目指して
" これからの園舎づくりへのメッセージ "